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 この2週間ほど、皆さん同じように余震が感じられる度に相当な恐怖心とストレスを感じながら過ごされてきたことと思います。毎日テレビでは、被災地の様子が報じられていますが、そのあまりの惨状に目を覆いたくなることの連続です。

 東京は震度5弱の揺れで、かなり怖い思いはしたものの、私はむしろその後の人々の動きや、駅に殺到する群衆、買い占めをする人たちによって空っぽの世界になったコンビニやスーパー、入荷がないにも拘わらず並び続けるガソリンスタンドの列、そうしたものへの違和感の方が強く心に残りました。

 音楽業界も大きな打撃を受け、販売店はいつも通りの営業が出来ず、流通網は寸断を余儀なくされ、商品が届かない、そして軒並み今月発売の新譜は延期と、さんざんな状態が続いています。私どものレーベル、FLY HIGH RECORDSのディストリビューションをお願いしているヴィヴィド・サウンドの倉庫と物流センターも仙台にあり、商品が散乱するなどの被害に遭ったと聴いておりますが、幸いなことに倉庫のスタッフは無事だったとのことで、ひとまずホッと胸をなで下ろしました。

 そんな中で、3/21に大滝詠一さん関連のボックスや『ロング・バケイション 30th Anniversary Edition』は、予定通りリリースされました。そして当日は夜の12時まで、NHK FMで「今日は一日 "大滝詠一三昧"」が放送されました。こんな状況下でナイアガラ・サウンドを聴くことは恐らく今後もないと思いますが、本当に音楽のパワーを身をもって感じることが出来て、嬉しいの一言です。

 どうかこれから日本が、一日も早く元の笑顔を取り戻せますように。祈りを込めながら、これからも大瀧さんのサウンドに耳を傾けたいと思います。
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 このたびの東北・東日本における大震災に関して、被災された方にお見舞いを申し上げますと共に、亡くなられた方々へ心から哀悼の意を表します。

 まさかの出来事だったと思います。その後の報道を見ておりますと、専門家の方々が口々に予想していたとか、想定されていた大地震、などとお話しされていますが、もちろん100年に一度の三陸沖の地震という話はよく耳にしていましたが、ここまでの甚大な被害、特に津波に関するここまで大きな被害の警告は、少なくとも私は知りませんでした。
 もちろん勉強不足と言えば、その通りかも知れません。でも1000年に一度の出来事、予想の範囲を超えていた、その一言では心情的には片付けられない部分があります。
 報道を見る限りでは、亡くなられた方、被災された方のほとんどは津波による被害と思われます。改めて自然の力の大きさと驚異を思い知ると共に、ここからどうやって立ち直るか、復興していくか、それが私達日本国民に課せられた大きなテーマとなりました。
 募金をすること、物資を送ること、それももちろん有効な手段ですが、もう一度身の回りを見渡し、今自分に何が出来るのか、そう問うてみるのが今まずすべきことだと思います。電気を無駄に使わない、早急に必要性のない行動は慎む、譲り合いの精神を持って物事に対処する、周りを気遣う、何でもいいと思います。「今、私に出来ること」これを考えながら、これから過ごしていこうと思います。

 それからご心配頂いた方々から、お電話やメールを頂きました。本当にありがとうございました。私の住むさいたま市は震度5強、勤務先の渋谷は震度5弱だったようですが、皆さんが体験されたのと同じく、3月11日は終日にわたってかなりの怖さを伴いました。
 あの時刻、私は渋谷の事務所におりましたが、長い横揺れの後、急に大きな横揺れへと変わり、パソコンの前でデザイン作業をしていたものですから、まずはデータをセーブし、頭上に置いてある大型の業務用スキャナの落下を防ぐのに精一杯で、何も出来ませんでした。とりあえず揺れが収まったのを待って通路に動き、他の会社の方と一緒に階段を下りて外に出、青山劇場の裏手のスペースへと避難しました。付近のガラス張りのビルが音を立てて軋むのを間近に感じ、このガラスが雨となって降り注がないことを祈りました。
 しばらくして部屋に戻りましたが、何度かの余震の度に同じように屋外へ避難し、ということを繰り返し、結局JRが終日動かなかったため、一晩事務所で過ごし、朝イチで銀座線、南北線~埼玉高速鉄道で浦和美園まで辿り着き、何とか朝9時頃に無事帰宅できました。

 自宅の部屋は、予想通りCDやレコード、書籍が散乱して、全く足の踏み場もないひどい状態でした。昨日も片付けをしたのですが、まったく捗らず、まだ散乱した書類やCDの中で埋もれながらこれを書いています。その間にもまた余震を感じました。

 被災された方から見れば遙かに恵まれている状況ですが、それも含めて現状をしっかりと認識し、これから果たして自分に何が出来るのかを真剣に考えながら、毎日を有効に過ごしていきたいと思います。

 そしてもう1つ、これを書きながら、先日リリースした玉城ちはるさんの「ここにいること。」を敢えて聴いてみました。自分が制作したものであるからということも当然ありますが、やはり音楽には力があることを改めて確認しました。音楽に出来ること、僕らに出来ること、また長年関わらせて頂いているラジオ番組にできることをしっかりと意識しながら、行動に移していこうと心に決めました。

 どうか希望を持って、歩いて行きましょう。明けない夜はないはずです。

2011年3月 土橋一夫
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 今年に入って(正確には昨年末から)、私の周囲では色々な新たな展開が始まりました。まず大きかったのは、足かけ12年おりました原宿を離れ、今月中旬に渋谷へ事務所を移転致しました。しかも私の事務所だけではなく、原宿では同じビルに事務所を構えていた、例えば著書『輸入レコード商売往来』でお馴染みの初代パイド・パイパー・ハウス社長でもあった岩永正敏さんの会社や、音楽評論家・編集者として知られる大先輩の前田祥丈さんの会社、サエキけんぞうさんの事務所など、弊社も含めると実に8社21人が同じフロアに移動するという、大がかりな引っ越しでした。

 それぞれの会社は関連するところもありながら、独自に仕事をしているという関係なのですが、元々岩永さんや前田さんの繋がりによって集まってきた仲間達であり、そこに最年少の私の会社も加えて頂けたことは幸運というほかありません。しかも私が会社を立ち上げた1999年、事務所用の物件を探しているときに、運良くこの原宿のビルのことを教えて下さり、岩永さん達との仲立ちをして下さったのが、渋谷にあるHi-Fi Record Storeの店主、大江田信さん(林亭)でした。大江田さんは長きにわたって日本コロムビアでディレクターをされていた方で、私とも会社は違えでもレコード会社のディレクター出身という似た経歴ということもあって、今でも度々相談に乗って頂く間柄なのですが、その繋がりが発展して、今回渋谷への移転にも結びついたということを考えると、不思議な縁と言うほかありません。

 成り立ちの違う会社が集まって、1フロアーを借りて新たな城を築いた訳ですが、偶然が発端ながらこれも必然だと思いますので、新たな気持ちで、新たな仲間達と一緒に頑張っていきたいと思います。

 そしてもう1つ、新たな展開があります。FLY HIGH RECORDS/JET SONGSという2つの新レーベルを立ち上げ、ここからシンガー・ソングライター玉城ちはるさんのアルバム『ここにいること。』を今月23日に第1弾作品としてリリースします。

 このレーベルを一緒に立ち上げたのが、ヴィヴィド・サウンドのディレクター、寺村純君です。寺村君とも不思議な縁で、初めてお会いしたのは1999年9月9日、青山VALというクラブで行われたDJイヴェント「男達の晩夏」でのことでした。このイヴェントは、シンガー・ソングライターの関美彦さんを励ます会みたいなもので、僕のかつてのHPでの日記を探してみたら、こんなテキストが出てきました。

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■99年9月11日 Dreamin'
 7月はノストラダムスの予言がどうした、とかで騒いだ挙げ句、我が日本に天から(というより関空から)舞い降りてきたのはブライアン・ウィルソン。素晴らしい方向に予言は的中しました。そして99年9月9日。9並びの日。この日もコンピュータの障害がどうしたとか何か起こるとか散々言われましたが、やはり僕らにとっては良い方向で的中しました。99年9月9日、場所は青山VAL、関美彦ライヴ。前々からこのコーナーでも告知してきました、関美彦さんの約5ヶ月ぶりのライヴが行われました。

 珍しく結論から書きます。このライヴを見られなかった方々、本当に残念でした。一生後悔するかも知れません。そのぐらい、心に残った素晴らしすぎるライヴでした。このイベント「男達の晩夏」は21時スタートで、DJタイムの間にライヴが挟まれた構成。そしてもちろんメインは、Butter Fieldの関美彦さんによるアコースティック・ライヴでした。会場のVALは南青山・骨董通りに面したビルの地下にある、ちょっとサイバーチックな空間。決して広いスペースではありませんが、ライヴ開始前から既に場内は一杯。もともとこのイベントは関美彦さんに縁のあるスタッフやミュージシャンの方々が集まって、みんなで関さんを盛り上げようと企画したものですが、この日会場に集まってくれたお客さんも何らかの形で関さんに関わっている方も多く、すごくアットホームな雰囲気で第1部のライヴが始まります。少しはにかんだ表情で飄々と語りはじめる関さんの横には、トイ・ピアノを前にした片岡知子さん(インスタント・シトロン)、そしてその横には赤いエレキ・ベースを構えるVAGABONDの橋爪さん。この3人でライヴはスタート。「Smile」など新曲も数曲交え、また前回のライヴでも好評だった「寝台列車」や昔作ったクリスマス・ソングを改作したものなど、どれも嬉しいぐらいにとびっきりの曲でした。途中、L⇔Rの黒沢秀樹君がギターで参加したりと、夢のようなセッションが続き、アンコールに再度「寝台列車」を歌う関さん。関さんって決して飛び抜けて声がいいとか、ギターが超絶的に巧いとかいうのではないのですが、その温かな人柄から紡ぎ出されるメロディと美しいコード進行は、まさに絶妙。男の僕から見ていても、格好良かった。その後はしばしDJタイム。またこの間にみんなと交わす会話の楽しいこと。僕は黒沢秀樹君やヒックスヴィルの木暮さん、emレコードの寺村さん達と、色々音楽情報の交換と雑談に興じているうちに、第2部スタート。いきなりバカラックの「I'll Never Fall In Love Again」に始まり、基本的にカヴァーを演奏というお約束だったみたいですが、途中から会場に遊びに来たゲストを迎えてのライヴ・セッションが突然スタート!port of notesの小島さんが加わって歌ったり、サニーデイ・サービスの曽我部恵一君が関さんと一緒にアコギで、ジョン・セバスチャンの「Magical Connection」をピチカート・ファイヴの日本語ヴァージョンで歌い、さらに木暮晋也さん(ヒックスヴィル)が持ち歌「ラジオ」をアコースティック・ギターを掻き鳴らしながら歌い、またノーナ・リーヴスの西寺郷太君やARCHの中村大君もそれぞれ持ち歌を弾き語り。そして最後に関さんがカーペンターズでおなじみの「We've Only Just Begun」とビーチ・ボーイズの「Don't Worry Baby」を、雰囲気たっぷりに歌い上げ、大興奮の第2部終了。そして第3部は、さらに関さん+片岡知子さんの弾き語り、そして最後に曽我部君がサニーデイの名曲「東京」を歌うという、本当に贅沢な内容でした。それはまるで、ビーチ・ボーイズのアルバム『PARTY』が目の前で再現されているような、そんな雰囲気。

 こんな事って、恐らく大きな会場で前売りチケット何万枚も売って、大きなイベンターやレコード会社や事務所が仕切って実施したのでは絶対に出来ない、あり得ないライヴだったと思います。出演者ももちろん関さんとの友情関係で支えられていて、しかもみんなが心から温かく関さんを応援している。美しいじゃありませんか。そしてそれはあの場にいたファンも同じで、音楽の送り手と受け手が正しい恋愛関係になっている、そんな素晴らしいライヴでした。音楽が好きで、本当に良かった。そしてこの人達と知り合えて、本当に良かった。多分あの場所にいたみんながライヴに感激して、それぞれの想いを胸に抱いて帰宅されたことと思います。素敵な仲間達に、心から感謝。関さん、どうもありがとう!
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 この会場でこの時に初めて知り合ったのが寺村君で、彼は当時ディスクユニオンで働きながら、再発もので知られるem recordsのスタッフもしていました。それ以来、色々な形で交流は続き、12年後に一緒にレーベルを立ち上げることになりました。お互いに歳はとりましたが、音楽に対する考え方や愛情はあの頃と全然変わっておらず、一緒にこれから仕事できることが楽しみでなりません。

 さらに書くならば、第1弾アーティストとなった玉城ちはるさんとの出会いも、不思議な縁を感じさせるものでしたし、例えば今回、玉城さんのアルバム・ジャケットの撮影でお世話になった、荻窪のブック・カフェ「6次元」のオーナー、中村邦夫さんとの出会いも偶然とは言え、必然性を感じる不思議なものでした。

 よく大瀧詠一さんが「縁」について語っておられますが、こうやってこの12年を振り返ってみますと、私はつくづく「縁」や「繋がり」に恵まれていると思います。さらに人が集まり、繋がっていく、そのお手伝いが出来たらこんなに嬉しいことはありません。

 さて最後にお知らせです。第1弾アルバムである玉城ちはるさんの『ここにいること。』の発売日(2/23)に、武蔵小山にあるライブカフェ「Again」で、このアルバム用に撮り下ろした写真を展示させて頂く事になりました。今回の写真は、全て私が撮影いたしましたので、結果的には私にとりましても初めての写真展、ということになります。平日ではございますが、当日はお昼の12時半から夕方5時半頃まで入退場フリーで展示しておりますので、どうぞお出かけ頂けると幸いです。また夜7時オープン、7時半スタートで同会場にて、玉城ちはる『ここにいること。』プレミア・リスニング・パーティーも行います。玉城ちはるさん、今作の制作に携わったサウンド・プロデューサー/ギタリストの菅大祐さんと共に、このアルバムの制作裏話を披露したりレコーディング現場の映像などをご覧頂くイヴェントです。こちらもお時間ありましたら、是非遊びにいらして下さい。お待ちしております!

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■玉城ちはる『ここにいること。』写真展(写真:土橋一夫)
・日時:2011年2月23日(水)12:30~
・会場:Live Cafe Again(東京都品川区小山3-27-3 ペットサウンズ・ビル B1F/TEL:03-5879-2251/http://www.cafe-again.co.jp/)※東急目黒線武蔵小山駅から徒歩1分
・入場無料/入退場自由
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■玉城ちはる『ここにいること。』プレミア・リスニング・パーティー
玉城ちはるのニュー・アルバム『ここにいること。』の発売日に、本人やこのアルバムに関わった人達を交えて『ここにいること。』を一緒に聴く、この日だけの特別なイヴェントです。アルバム制作にまつわるエピソードを披露するトーク・コーナーや、レア映像、レア音源の試聴、そしてミニ・ライヴと、盛りだくさんの内容を予定しております。
・日時:2011年2月23日(水)19:00 OPEN/19:30 START
・会場:Live Cafe Again(東京都品川区小山3-27-3 ペットサウンズ・ビル B1F/TEL:03-5879-2251/http://www.cafe-again.co.jp/)
・出演:玉城ちはる/菅 大祐(『ここにいること。』サウンド・プロデューサー)/土橋一夫(FLY HIGH RECORDS 制作プロデューサー)
・入場料:1,000円(チャージのみ)
・定員:限定40名
・お申し込み方法:
お申し込みはLive Cafe Again(s.ishikawa@cafe-again.co.jp)まで。
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 先日、撮影の仕事で葉山に行った。正確には葉山のちょっと先にある長者ヶ崎海岸。5月だというのにこの日は眩しいばかりの太陽がギラギラと照りつけ、さながら初夏のような暑さだった。前日までの颱風のような風の影響で空気もきれい。
 昼前に現地に着くと、すぐに撮影の準備に入る。この日はCD用ジャケットに使うアーティスト写真の撮影だった。僕は今回は撮る役割ではなく、デザインなど全体を見通して指示を出すという立場。衣装決めの打ち合わせをして、いよいよ昼過ぎから撮影に入る。
 白く塗られた海辺のウッド・デッキは強烈に光を反射し、その向こうに見える波間では、地元のサーファーたちが繰り出してしきりに波を待っている。プロデューサーのM氏と「この時間にサーフィンが出来るなんていう環境、羨ましいですね」「しかし皆さん、自営業の方なんですかね?」なんていう会話をしながら、時は過ぎていく。「これだけ光が強いと、黄色の衣装は色が飛んでしまうかもね」「そうですね。青や赤の原色の衣装中心でいきましょうか?」カメラマンと会話を交わし、撮影は淡々と進む。そして約3時間後、無事終了。
 葉山に行くにはJR横須賀線に乗り、逗子駅で下車。そこからバスに乗ってかれこれ20分ほどの道のりだ。現場を後にして逗子駅にたどり着いたとき、この駅舎の改札をずいぶん前にくぐったことをふと思い出した。そう、あれは1986年の夏のこと。この駅からバスに揺られて逗子マリーナにYumingのコンサートを見に行ったのだった。2時過ぎに現地に着くと、会場のプールサイドではYumingがリハーサルの真っ最中。野外だから当然、リハの音は筒抜けだ。海を間近に望む堤防の上を歩いて覗いたり、フェンスとフェンスの間から目をこらしたりすると、プールの側では水着姿のYumingが時々泳いだりしながら、気持ちよさそうにリハをこなしていた。本番ではギタリストがプールに潜ってギター・ソロを弾いたり、夏らしい演出もあったりして、あっという間に夕闇が迫る時刻になっていた。そういえば、終演後、バスに乗って逗子駅に戻るため、思いっきりダッシュしたのだった。そんなどうでもいいことも、今となっては楽しい思い出のひとコマ。当時と変わらないこの日の逗子の駅は、また新たな暑い日の記憶と共に、心に上書き保存されていくのだった。
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