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 このところ、悲しいニュースが続いている。まずロネッツの「Be My Baby」など名曲を多く書き、自らもシンガー・ソングライターとして名盤を残したエリー・グリニッジが、8/26に心臓発作のため68歳で亡くなられた。

http://www.cdjournal.com/main/news/news.php?nno=25866

http://www.rollingstone.com/rockdaily/index.php/2009/08/26/be-my-baby-songwriter-ellie-greenwich-dead-at-68/

http://www.laobserved.com/archive/2009/08/ellie_greenwich_songwrite.php

 そしてその前の8/20にキーボーディストのラリー・ネクテルも心臓発作のため69歳でこの世を去った。

http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2009/08/25/16.html

http://www.msnbc.msn.com/id/32533540/ns/entertainment-music/

 2人とも、特に1960年代前半~中期にかけてのスペクター・サウンドには、欠かすことの出来ないメンバーだった。エリーはジェフ・バリーと共に多くの名曲を書き上げ、ラリー・ネクテルはハル・ブレインやスティーヴ・ダグラスらと共にいわゆるレッキング・クルーの中核として、スペクター・サウンドには無くてはならない人だった。

 個人的なことだが、僕は60年代のソングライターの中では、キャロル・キングよりも、バリー・マンよりも、圧倒的にエリー・グリニッジ派だった。彼女の書くメロディは、僕の中では初めて耳にしたときから全く違和感がなく(それは大瀧さんの書くメロディと通底する部分があるからだと、後で気づいた)、そのため彼女の作品に対する思い入れはすごく強かった。達郎さんがバリー・マンのコレクションにおいてコンプリートを目指すように、僕は一時期、エリーの作品をコンプリートにコレクションしようと真面目に考えたこともあった。だから「ジャケガイノススメ」シリーズにおいて彼女の1stアルバム『COMPOSES, PRODUCES AND SINGS』を紙ジャケで日本初CD化できたのは、本当に嬉しかった。聴くところではこの紙ジャケ盤はご本人の元にも届けられ、喜んでおられたたとか。できれば『LET IT BE WRITTEN, LET IT BE SUNG』も紙ジャケでリイシューしたかったが、これは是非長門さんに実現をお願いしたいと思う。この『COMPOSES, PRODUCES AND SINGS』にも収録されている「I WANT YOU TO BE MY BABY」は、彼女の1stシングルで、ジョージア・ギブスやリリアン・ブリッグス、ルイ・ジョーダンなどで知られるナンバーのカヴァーだが、僕はたまたまボブ・クリュー関係の曲を集めていて出会った。何とこの曲、ボブ・クリューがプロデュースし、ハッチ・デイヴィがアレンジしているのだ。最初に聴いたのが、モッズDJ達にも大人気だというオリジナル・シングルだったので、どうしてもこのシングルのMONO MIXをリイシューの際に追加したいとEMIに懇願したところ、あっさりと原盤元のOKが出て、その結果アルバム本編STEREO+ボーナス・トラックMONOという豪華な編成になった。

 そして偉大なるキーボーディストにして、時にベーシストのラリー・ネクテル。スペクター・セッションはもちろんそうだが、ハル・ブレイン、そしてジョー・オズボーンと共に彼の名を見つけた時は、僕の場合はどんなに知らないアーティストのレコードでも迷わず買うことにしている。有名どころではやはりダンヒル系のセッション、そしてフィフス・ディメンションや自身がメンバーだったブレッド、それにビーチ・ボーイズ関係などどれも印象深いが、やはり最も有名ということになればサイモン&ガーファンクルとの一連の仕事だろう。「明日に架ける橋」のアレンジとイントロの印象的なピアノは、彼のまさに独壇場だ。先日の来日公演を武道館で見て、家に戻って『ライヴ 1969』を聴き直し、改めて彼のプレイの魅力に感心したばかりだった。

 今夜は大瀧さんの「GO! GO! NIAGARA」でかつて放送されたフィル・スペクター特集でも聴きながら、2人を個人的に追悼してみたいと思っている。

 さよならエリー、さよならラリー。
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