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 このたびの東北・東日本における大震災に関して、被災された方にお見舞いを申し上げますと共に、亡くなられた方々へ心から哀悼の意を表します。

 まさかの出来事だったと思います。その後の報道を見ておりますと、専門家の方々が口々に予想していたとか、想定されていた大地震、などとお話しされていますが、もちろん100年に一度の三陸沖の地震という話はよく耳にしていましたが、ここまでの甚大な被害、特に津波に関するここまで大きな被害の警告は、少なくとも私は知りませんでした。
 もちろん勉強不足と言えば、その通りかも知れません。でも1000年に一度の出来事、予想の範囲を超えていた、その一言では心情的には片付けられない部分があります。
 報道を見る限りでは、亡くなられた方、被災された方のほとんどは津波による被害と思われます。改めて自然の力の大きさと驚異を思い知ると共に、ここからどうやって立ち直るか、復興していくか、それが私達日本国民に課せられた大きなテーマとなりました。
 募金をすること、物資を送ること、それももちろん有効な手段ですが、もう一度身の回りを見渡し、今自分に何が出来るのか、そう問うてみるのが今まずすべきことだと思います。電気を無駄に使わない、早急に必要性のない行動は慎む、譲り合いの精神を持って物事に対処する、周りを気遣う、何でもいいと思います。「今、私に出来ること」これを考えながら、これから過ごしていこうと思います。

 それからご心配頂いた方々から、お電話やメールを頂きました。本当にありがとうございました。私の住むさいたま市は震度5強、勤務先の渋谷は震度5弱だったようですが、皆さんが体験されたのと同じく、3月11日は終日にわたってかなりの怖さを伴いました。
 あの時刻、私は渋谷の事務所におりましたが、長い横揺れの後、急に大きな横揺れへと変わり、パソコンの前でデザイン作業をしていたものですから、まずはデータをセーブし、頭上に置いてある大型の業務用スキャナの落下を防ぐのに精一杯で、何も出来ませんでした。とりあえず揺れが収まったのを待って通路に動き、他の会社の方と一緒に階段を下りて外に出、青山劇場の裏手のスペースへと避難しました。付近のガラス張りのビルが音を立てて軋むのを間近に感じ、このガラスが雨となって降り注がないことを祈りました。
 しばらくして部屋に戻りましたが、何度かの余震の度に同じように屋外へ避難し、ということを繰り返し、結局JRが終日動かなかったため、一晩事務所で過ごし、朝イチで銀座線、南北線~埼玉高速鉄道で浦和美園まで辿り着き、何とか朝9時頃に無事帰宅できました。

 自宅の部屋は、予想通りCDやレコード、書籍が散乱して、全く足の踏み場もないひどい状態でした。昨日も片付けをしたのですが、まったく捗らず、まだ散乱した書類やCDの中で埋もれながらこれを書いています。その間にもまた余震を感じました。

 被災された方から見れば遙かに恵まれている状況ですが、それも含めて現状をしっかりと認識し、これから果たして自分に何が出来るのかを真剣に考えながら、毎日を有効に過ごしていきたいと思います。

 そしてもう1つ、これを書きながら、先日リリースした玉城ちはるさんの「ここにいること。」を敢えて聴いてみました。自分が制作したものであるからということも当然ありますが、やはり音楽には力があることを改めて確認しました。音楽に出来ること、僕らに出来ること、また長年関わらせて頂いているラジオ番組にできることをしっかりと意識しながら、行動に移していこうと心に決めました。

 どうか希望を持って、歩いて行きましょう。明けない夜はないはずです。

2011年3月 土橋一夫
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